東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2551号 判決
控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人らは控訴人に対し東京都品川区東中延四丁目七百四十八番地宅地百二十四坪四合六勺をその地上にある別紙<省略>目録記載の建物を収去して明渡すべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は原判決に事実として記載されたところと同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
東京都品川区東中延四丁目七百四十八番地宅地百二十四坪四合六勺が控訴人の所有であつて、控訴人が被控訴人らの先代森孝助に対し昭和二十一年一月中右土地を、権利金に関する点はしばらく措き、普通建物所有の目的で期間は二十カ年、賃料一カ月金七十五円で賃貸し、森孝助がこの地上に別紙第一目録記載の建物を建築所有してこれに居住し、また別紙第二、第三目録記載の建物につきその経緯は別としてこれを自己の所有として、右土地全部を占有していたところ、昭和二十六年一月十四日森孝助は死亡し被控訴人三名において相続によりその権利義務一切を承継したことは当事者間に争がない。
控訴人は、森孝助は右土地賃借後控訴人の承諾を得ないで右地上に訴外三部喜三郎をして別紙第二目録記載の建物を建築所有させその敷地三十一坪五合二勺五才を、また訴外三部彌市をして別紙第三目録記載の建物を建築所有させてその敷地七坪五合を、それぞれ転貸したから、控訴人は右孝助に対し昭和二十五年五月十日附内容証明郵便で右転貸を理由として本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右は翌十一日同人に到達したから、賃貸借契約はこれによつて終了した旨主張する。別紙第二目録記載の建物が三部喜三郎の所有として東京都品川区役所に届出られ、その後昭和二十三年七月二十二日東京法務局品川出張所において同人名義の所有権保存登記がなされたこと、別紙第三目録記載の建物が三部彌市の所有として東京都品川区役所に届出られたことは、いずれも被控訴人の自認するところであるが、後記認定の事情に照らせば、これらの事実だけで森孝助が右三部喜三郎及び三部彌市に借地の一部を転貸したことを認めることはできず、その他に右転貸の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。かえつて成立に争のない甲第十号証の一、乙第一ないし第四号証、同第五号証の一の各記載、原審における証人竹内不二夫、同三部喜三郎の各証言、原審における被控訴人森利弘、取下前の被告三部喜三郎、同三部彌市の各本人訊問の結果をあわせ考えると、森孝助は昭和二十一年一月十四日自分の費用で本件土地上に別紙第二目録記載の建物を建築し、娘の夫にあたる三部喜三郎をして工場として使用させるため右建物を同人に賃貸したが、右喜三郎は工場の経営上世間の信用を得るため孝助の承諾を得て東京都品川区役所に自己の所有名義の届出をしたが、その後その必要がなくなつたので、その所有名義変更のため昭和二十三年七月二十二日孝助の三男である被控訴人森利弘と喜三郎とで東京法務局品川出張所に赴いたが、右両名相談の上いずれ被控訴人森利弘の所有になるものとして相続税登記料等の負担を軽減するため、一応三部喜三郎名義で保存登記をした上、同時に同人から森利弘に対する所有権移転登記をしたこと、また別紙第三目録記載の建物は森孝助が大部分の費用を投じて昭和二十一年一月二十日頃本件地上にその所有として建築したものであるが、これについて右三部喜三郎の兄三部彌市が材料の一部を提供した関係もあつて、孝助はこれを右彌市に貸与し、彌市は賃料を払わない代りに右建物に対する諸税金を負担することとしてこれに居住していたが、彌市は建物を自己の所有名義にしておけば税金は同人名義で直接かかつてくるとの考えの下に、孝助の承諾を得ないままで、東京都品川区役所に自己名義の届出をしたものであること、その後森孝助は右各事情を知り、これを是正するため、被控訴人森利弘、三部喜三郎、三部彌市を共同被告とし東京地方裁判所に建物所有権確認等の訴を提起し(同庁昭和二十五年(ワ)第六三九六号)、勝訴の判決を得て、右判決は昭和二十五年十二月二十三日確定し、これにもとずき孝助の死亡後被控訴人らにおいて、昭和二十六年三月二十二日別紙第二目録記載の建物につきなされた前記三部喜三郎名義の所有権保存登記及び被控訴人森利弘名義の所有権移転登記を抹消し、また別紙第三目録記載の建物については被控訴人ら三名共有名義の所有権保存登記手続をしたことを、それぞれ認めることができる。これによれば森孝助は本件土地を三部喜三郎及び三部彌市に転貸したものではないことが明らかであるから、右転貸を理由とする控訴人のこの点の主張は失当である。
次に控訴人は、本件土地賃貸当時、東京都に道路拡張計画があつて、本件土地がそのまま永く使用できるかどうか疑問があつたので、土地の継続使用が可能なことが確定した暁は、森孝助において控訴人に対し相当の権利金を支払うことを特約し、もしその時になつても孝助において権利金の支払をしないならば、本件土地賃貸借契約はその時から効力を失う旨解除条件を附したものであるところ、右契約当時施行中の旧地代家賃統制令によれば、借地権利金の授受は禁止されていたのであるから、かかる解除条件を附した本件土地賃貸借契約は、不法の条件を附した法律行為としてはじめから無効であると主張する。このように、自ら不法の法律行為をしながらその不法をよりどころとして法の救済を求めることが、そもそも許されるべきことかどうかは問題であるが、それはしばらくおき、原審における証人平光咲子、同平光諫の各証言及び控訴人本人訊問の結果によれば、本件土地賃貸借の際、当時東京都において道路拡張計画があつて本件土地の継続使用の可能性について疑念があつたため、その継続使用の可能なことが確定次第森孝助は控訴人に対し相当の権利金を支払う旨の特約が両者間に成立したことはこれを認めることができるが、この土地の継続使用の可能なことが確定したに拘らず権利金を支払わないときは、賃貸借はその時から効力を失う旨の解除条件を附したものであることは、成立に争のない甲第三号証(土地賃貸借契約証書)にはもとよりこの点につき何の記載もなく、前記証人平光咲子、同平光諫の各証言及び控訴人本人訊問の結果によつてもこれを認めるには足りず、その他にこれを認めるべき的確な証拠はないから、本件が権利金を支払わないことを条件とした法律行為であるとすることはできない。もつとも右のような権利金の支払の特約が本来不法のものであるかどうか、もし不法のものとすればこの特約を含む本件賃貸借契約は全体としてその効力があるかどうかについては、なお検討を要すべきものがある。土地の賃貸借(殊に建物所有を目的とする賃貸借)にあたつて、借主から貸主に支払われるいわゆる権利金すなわち借地権利金(すでに成立した借地権を他に譲渡するに際して授受される権利金はそれ自体権利の売買代金であるから別である)について考えて見ると、借地権の設定によつて借主は相当長期にわたつてその土地を使用収益する権利を得、この権利は法によつて厚い保護を受け、借主は地代を払つて土地を使用すること自体一の経済的利益を享受することとなる反面、土地所有者は長期間土地を直接使用する権能をうばわれ、単に果実を収受するだけのものとなり、譲渡その他の処分はできても土地の交換価値は通常低下するものであつて、その所有権は内容的な制限を受け、いわば権利の性質上の一部を失うこととなるので、この土地使用の対価としての地代の外に、権利設定(権利の性質上の一部譲渡)の対価として権利金が授受されるのである。しかし、土地使用の対価としての地代が、所有者の失う権利の一部の補償として数額的に十分である場合には、かかる権利金は必ずしも発生の余地はなく、あつても低額をもつて足りるのであるが、地代が右の補償として十分でないとき、殊に国家的統制によつて抑制されるところでは、その効力は後に見るとおりであるとしても、事実として、しぜん権利金の発生をうながし、その額も高額に上るのが例である。従つてかかる権利金は本来権利の一部の譲渡の対価として成立しながら、その実体は、土地使用に対して地代を補充し、これとともに貸主対借主の利益交換における等価関係を満足させる機能をもつものと解するのを相当とする。換言すれば土地使用の対価の一種たる性質をもつものということができよう。あるいは土地の権利金をもつて、その土地の位する場所的価値を亨有することの対価とする考え方があるが、土地は常に特定の場所に位置するのであるから、その場所的価値といつても、それは結局その土地の価値に内在するものというべきであつて、右の結論には変りはない。旧地代家賃統制令(昭和一五年一〇月一九日勅令第六七八号、改正昭和一七年二月二一日勅令第九八号)は、その第三条第一項において、地代について原則として、同令施行前に地代のあつたものはその最後の、同令施行後に地代あるにいたつたものはその最初の各地代をもつて最高額とし、これを超えて地代を定めることを禁止し、その第二項において同令施行後に地代あるにいたつたときは地方長官に届出ることを命じているのであつて、同令第十三条同令施行規則第十七条によれば、地代の外、借主の貸主に給付する権利金その他の財産上の利益に関する条件につき、これを準用することとされている。従つて同令施行前に地代と権利金とがある場合はもちろん、同令施行後に地代と権利金を定めるにいたつたときでも、それが同時である限り、権利金そのものは必ずしも違法とされるものではないのである。しかし同令第十四条は、なんらの名義をもつてしても右第三条第一項の禁止を免れる行為をしてはならないとしているのであるから、権利金の性質に関する前示解釈に従えば、従前地代のみがあつて権利金がなかつたものにつき、あらたに権利金を取得することは、権利金名義をもつて土地使用の対価を増額することであつて、同令に違反することとなるのである。この関係は、昭和二十一年十月一日から施行された地代家賃統制令(昭和二一年九月二八日勅令第四四三号)においても、同様であつたが、昭和二十三年十月九日政令第三二〇号で改正即日施行された同令においては、地代の外の借地条件の中から特に借地権利金を除き(同令第十一条)、貸主はいかなる名義があつても、借主から借地権利金を受領することができないとされるにいたり(同令第十二条の二)、権利金の授受は事のいかんを問わず、明文上すべて禁止されることは疑問の余地のないものとなつた。しかしこれらの法令は、法の許さない限度の対価の支払を禁止し、物価の値上りを抑制するのが趣旨であつて、そのような土地使用そのものを禁止するものではない。従つて権利金授受の特約が無効とされるとしても、これを含む賃貸借契約全体を無効とすべき理由のないこと、法の統制額を超える地代の定めある賃貸借において、その超過部分の地代の定めを無効とすれば足り、その賃貸借全体を無効とすべきでないのと全く同様である。本件の土地について、本件賃貸借以前に地代及び権利金があつたことは明白ではないから、本件賃貸借の成立した昭和二十一年一月から地代があるにいたつたものと見るべきものであり、権利金支払の特約は追つて土地の永続使用の可能性が判明したときに支払う趣旨のものであつて、この時期は原審における控訴人本人の供述によれば昭和二十三年十月頃であるから、これは結局、すでにある地代の外に、さらにあらたに権利金を支払うべき関係となるものであつて、これが右旧令当時から禁止されているものと解すべきことは明らかであり、現実にその支払の時期とされる右昭和二十三年十月中には、権利金は全面的に禁止されたこと前示のとおりである。しからば本件権利金支払の特約は無効とすべきものであるが、それによつて右特約を含む賃貸借契約を全体として無効としなければならないものではない。(もつともこの特約だけが無効となることによつて、当事者殊に貸主である控訴人としては大いにその意にそわないことになるかも知れないけれども、地代を統制する法令の存する以上、しよせんこうなる外はないことは、事の性質上当然はじめからわかつているものというべきであるから、このことは控訴人につき錯誤を構成するものということはできず、この点からも契約は無効となることはない。)この点に関する控訴人の主張は失当である。
さらに控訴人は、右賃貸借契約は、森孝助においてあらかじめその履行の意思がないのに前記のような権利金を支払うように装い、控訴人を欺罔してその旨誤信させて締結させたもので、同人の詐欺による意思表示であるから本訴において取消の意思表示をすると主張する。森孝助が前記のような権利金支払の特約をしながら、その後その支払をしなかつたことは被控訴人らの認めるところであるが、同人が契約締結の際あらかじめ権利金支払の意思がないのにあるように装つて控訴人を欺罔したとの点についてはこれを認めるべき証拠はなく、前記控訴人本人訊問の結果によれば、本件土地につき道路拡張計画にかからないことが判明した後控訴人から森孝助に対して権利金の交渉をしたところ、孝助は金がないから待つてくれと云つていたものであることがうかがわれるから、その後同人がこれを支払わなかつたことによつて遡つてはじめからその意思がなかつたものと推認することは相当でない。従つてこの点の控訴人の主張も失当である。
従つて控訴人と森孝助との前記賃貸借契約が当初から無効であり、又は解除若しくは取消されたことを理由として、控訴人が被控訴人らに対し建物収去土地明渡を求めるのは失当であつて、被控訴人らは前記賃貸借の承継人としてこの土地を占有するにつき正当の権原があるものというべきである。よつて控訴人の本訴請求は理由のないものとして棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 薄根正男 浅沼武)